自分は誰の手の内にあるのか

嫌われるのが怖くて、
あまり自分を出してきませんでした

怒ったって仕方ない
そうは思うし、
怒りは悲しみの別の顔
それも分かってるから、
自分のこころを見るようにして

自分以外に関しては、
すごく嫌なことがあっても自分を抑えて
ムリして良いところを見るようにしてた

でもバカバカしくなって止めました
そうすることで得たのは、
まるで人ではない扱いだったからです


誰かとの関係って、
お互いが
「それでもいいからそこにいる」
でないと意味がないと思います

相手には気に入る部分もあれば、
気に入らない部分もある
全部があってその人だから、
ここはいいけどここはダメなんて有り得ない

仕事の関係とか友達とも言えない関係なら、
そんなのもあるでしょうけどね
身近にそんな人、
わたしは必要ありません
わたしのどこかが気に入らないのなら、
さっさと消えてくれて構わない
その方がお互いのためだって思うから


こう思ったら、
つらかったことが嘘みたいに消えました
根幹にある気持ちは何一つ変わらない
ただ自分の核がはっきりしました

たぶんわたし自身が、
自分を鎖で縛っていたのでしょう
選択は全て自分のもの
そうすることに甘んじていたのも自分だから
わたしは誰の奴隷でもありません
それは自分自身に関しても言えること

よいことに気付けたと思います
自分は自分の手の内になけれいけない
そう思うのです

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年齢で伝えられるものは

お友達の誕生日を祝ってきました
その人とはもうずいぶん長く一緒にいて、
大ゲンカもしたけど仲良くしてもらってる
わたしのお友達を思うと、
年齢と人の深みは関係ないなって感じるけど
この人もそんな人です

 

わたし子供の頃校区の外れに住んでいて、
近所に友達がほとんどいませんでした
だから大勢で遊ぶ経験もなくて、
関係性も基本「あなた」と「わたし」
名前を呼ぶ大切さとか、
分かっていませんでした

普通大きくなると、
こういうことは誰も注意してくれませんが
この人真っ向からぶつかってきました
最初はイラッとしましたよ
「生意気にうるせーな」
そんな傲慢なことも思いました

でも考えてみて
名前呼んでいけないことがある?
ないんですよね
大勢になれば必要なことでもある
アイコンタクトが大切なように、
名前を呼ぶことも相手とのコンタクトです
自分が変わる方がいいことなんだって、
それを教えてくれたんだって気付きました

 

別の見方をすれば、
育った環境の違いでしかないかもしれません
きっと誰もそんなこと言わないし、
気にしない人だっている
自分が正しいと言って変わらなくても、
全然構わない

でもわたし柔軟性は失いたくないです
世界は大きくて、
自分は何も知らないのだから
変わることを捨てなければ、
人は広い可能性を持ち続けられます
こんなことを言ってくれる人は、
耳を傾けなきゃいけない人
わたしはそう思います

人は変わる事への怖さを抱えています
変わらなければ死なないことは知っている
変わればどうなるか分からないから、
動きたくない
ひどい場合は耳を塞いじゃったり
これが同じことの繰り返しの正体です

自分が変わればそれまでのことは関心の外
意識に上ることもなくなります
そうなると世界が変わる
手放したことに対して、
新しく気にすることも入ってきます

名前を呼ぶようになって、
わたしの世界はずいぶん明るくなりました
人との距離感や、
相手をひとりの人として認めることの大切さ
この人が教えてくれたのは、
そういうことだったと思います

 

お酒飲まない人だから、
ゆっくり食べて話を楽しんで
お互いの思うことや、
近況を伝え合って

この人からはいっぱいいろんなものもらって
何もお返し出来てないような気がするけど

年齢だけなら先を行くものとして、
未来は楽しいんだって、
そうするつもりがあれば必ず良くなるって、
伝えられたかな

一緒にご飯食べながら、
そんなこと思うのでした

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大人の文化祭superに行ってきた!

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昨日のこと
坂戸のお友達の松永泉さんが開催した、
『サカドフラット⭐︎大人の文化祭super⭐︎』
に参加してきました

泉さんは普段からすごーく活発で、
イデアをかたちにするのが好きなお方
レンタルスペースやショップとして、
2018年4月にサカドフラットをオープン
わたしも何度かイベントでお邪魔してました

昨日のテーマは大人の文化祭!
サカドフラットに集う仲間たちの、
日々の活動を体験できる交流の場です

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食べ物を作る人、
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絵を描く人、
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何かを作る人、
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身体を整えてあげる人もいれば、
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こころの道を照らす人もいる

泉さんの興味が広いからか、
集まる人もとっても多彩ですね
わたしは『マノマノン』のハンドマッサージ
ともらぼセミナーでモニターしたことから、
出店が決まったのでした

 

開催時間は10時から16時
こういう場所でやったことないから、
何を用意すればいいかも分かりません

ウェットティッシュは持って行ったけど
内容を書くホワイトボードなし
ボードを置くミニイーゼルもなし
お釣りもいっぱい用意した方が良かったし

足りないものはみんなに助けてもらって、
何とかなったけど
経験は大切だと思うことしきり
テーブルクロス1つでも、
ブースの雰囲気すごく変えられるのね
周りの展示を見ても足りない部分が分かって
すごーく勉強になりました

施術してあげて、
お話もして
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お金をもらえた時は、
やっぱりちょっと感動しました

今までだって働いてお給金もらってたけど
これはちょっと違う
自分が行こうと決めた集まり
そこで自信をもって勧められることで、
自分の手で誰かを楽にしてあげて
そしてもらったお金だからです
今まではモニターだったから、
お金もらったのはこれが初めてだったの

お金を稼ぐって、
本当はこういうことなんですね
会社の大きなスケールの中にいると、
実感が薄かったけど
誰かの喜びがお金ってかたちに変わってる
そんなことも直に感じられました

 


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気が付けば6時間が過ぎて、
もうお開きとなって

この間参加した三重のしなやかフェスとは、
規模も接した人の数も違うけど、
自分事で感じる充実感も、
つながりあう楽しさも変わりません
少しスケジュール的にたいへんだったけど
参加して良かったな
助けてくれた皆さんありがとうございます❤

今はまだハンドマッサージだけだけど、
これからもっと技術も広げていきたい
そうして喜んでくれる人を増やして、
みんなにマッサージの良さを知ってもらおう

新しくできた友達からの戦利品を見ながら、
そんなこと思うのです

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誰にでも出来る人の話を聴く方法

優しく包み込む
そんな感じのお友達に会ってきました
わたしの方が凹凸はっきりした感じかな
自分との器の違いを感じます

 

わたしどうも理解が表面的になりがち
相手の様子や言葉から、
間違えず思いを受け取りたいから
なるべくたくさん聴こうとします

このことが原因か分かりませんが、
気が付くと「うんうん」と聴いている
そうしている自分は好きだから、
ぜんぜん構わないんですけどね

ただ思うこと話さないわけじゃありません
感じたことをはっきり言うこともあるし、
疑問を感じたら突っ込むことだってあります

これ人によっては、
「責められた」と感じることもあるみたい
いきなり泣かれたこともあるから、
けっこうキツいのかも

 

わたし自身話を聴いてほしい時はあります
そんな時は、
疑問や思いを差し挟まず聴いてほしい
じゃあそんな人いるかって言えば、
思い浮かぶ顔はとっても少ない

それだけ人って自分のことばかりで、
他人の話を聴かないんでしょう
思ったことを言うのは、
話を聴いてからだって出来ること
聴いてて忘れるくらいなら、
たいして重要でもないことです
それを辛抱もせずいちいち話していたら

話を聴いてもらったと感じるのは、
難しいかもしれませんね

話を聴いてるとき主役は相手
期待されてるのは受け止めることです
何でも聴く、
何でも受け入れる
わたしもそんなことが期待されてたのかな

 

これ傾聴の初歩だったなと思います
普段から出来るかって言うと、
やっぱり難しいけど
泣かれた人のことを考えると、
気付くこともあります

誰でも出来るはじめの一歩は、
関係を積み重ねていくことだと思います
何でもないような感情
思ったことや感じたこと
そんなものの共有の一つ一つが、
相手との距離を分かりやすくしてくれます

わたし泣かれた人のこと、
あんまり知りませんでした
お互いのやり方も分からない
その状況で話をしても、
かみ合わなくなるのは容易に想像できます

わたしはエスパーでもなんでもありません笑
話された範囲、
見て取れる範囲でしか反応出来ない

お互いに対する知識の積み重ねがあれば、
前提になることがあるから
聴くのは楽になりますね
ここを飛ばして期待をされて、
温度差が出来ちゃったんでしょう

 

人と人の関係は簡単じゃなくて、
近過ぎるから難しいとか、
波が合いやすいとか、
いろいろあるでしょう
誰に対しても聴いてゆけるように
いずれそうなりたいとも思うけど
一足跳びに達成は出来ません

優しく包み込むようだ
そう感じたお友達は、
自分の気持ちも、
言葉も、
感じることも、
いろいろある中から選んでいました
これは自分の有りようも、
積み重ねて決めることが出来るってこと

身近な人の話をちゃんと聴く
返事をする
おはようとかおやすみとか、
簡単でもあいさつする
肩を並べてご飯を食べる

こういう一見小さなことの一つ一つが、
その人を変えていきます
こういうことをしない選択も、
人を変えてゆくでしょう

誰にでも出来る、
人の話を聴く方法
きっとそれは、
簡単に見える毎日の積み重ねから始まる

お友達を見ていて、
自分の今までを思い返して
そんなこと思うのです

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趣味の話:ミジンコちょっと安定してきた

ミジンコ飼い始めてしばらく経ちました

水は除湿器の水
湿気を集めたものなので塩素とは無縁です
そのままだと栄養素がないので、
エサとしてドライイースト
枯草菌もいいと聞くので、
納豆のネバネバを少し追加

器は果実酒の4リットル瓶
透明度は落ちるけど、
持ち手が付いてて便利です
ミジンコは環境の変化でいきなり全滅が多い
そう聞いていたので器は2つ

エアレーション(ブクブク)は導入
最初ペットボトル飼育しようとして、
かなりの数死んでしまった経緯があって
酸欠の可能性が高いと思ったので、
導入することにしました
あとは底砂替わりにゼオライト
この状態で飼ってみたんですが

 

やっぱり起きた大量死
何日か安定していた瓶の中覗き込んで、
「おーいっぱいいるなー」と思った2時間後
動きが一切なくなってたのにはびっくりです

瓶の1つは無事だったので、
再立ち上げして復帰させましたが
原因はよく分かりません
酸欠ではないだろうし、
餌の不足でもない
可能性としては水質が悪くなったこと?

ミジンコ自体が小さいので、
フィルター使ってないのは原因の1つかも
水槽内の水質安定には水草とか貝がいい
そんなことは聞いていたので、
少し趣を変えることにしました

アナカリス(水草)とヒメタニシ(貝)
水質変化に弱いけど、
お掃除してくれるミナミヌマエビ
来てもらうことにしました

 

今はAmazonYahoo!オークションで、
生体も普通に手に入ります
夏場は暑さで死ぬことも多いみたいだけど
もう涼しいのが幸いしたようで、
みんな元気で届きました

瓶内は水草と貝とエビがいて、
ミジンコがツンツンと泳いでいます
やっぱり自然に近い環境は安定するのか、
みんな調子良さそう
ヌマエビは水質変化に弱いって聞いてたけど
これも問題ないみたい
ホッとしました

部屋に緑は置いてなかったんですが、
予期せぬ形で緑がやってきました
考えてみたら箱庭みたいなアクアリウム
やってみたかったんですよね
これも思いがけず達成できたこと、
気付きました

理想は中にいる生物だけで循環していく環境
どこまでできるか分からないけど
楽しんでやっていこうと思うのです

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相反するものを自分の中に感じたら

自分の中に正反対のものを同時に意識する
何が本心か分からなくなる
そんなことがあります

人は矛盾に満ちたもの
分かってはいるけど
あまりに感情が激しいと、
戸惑ってしまいます

関心の反対は無関心
気持ちの動きは関心があるということです
そう考えると、
逆の思いの同居は不自然でもないのでしょう
理解できることが飲み込めるかというと、
そうとも言い切れませんが

愛情と憎しみや、
嬉しいこと悲しいこと
悲しみは時に怒りの顔になりますね

前はこんな矛盾に耐えきれず、
どちらかを強引に選んでいました
自分の感情と真剣に向き合うこともない
結果どうかと言えば、
どちらも自分の中にある強い思いのこと
必ず後悔することになってました

 

最終的に何を選ぶにしても、
全ての感情を認めることは大切です
そこで感じたことは、
どんなに認めたくなくても事実だからです

認めず捨てようとすると、
同じものがまた頭をもたげることになります
結果先に進めない
捨てたはずのことが存在感を持つ
ただ捨てようとすることの先、
待っているのはそんなことの繰り返しです

生きて行くということは、
過去をしっかり過去にすることでもあります
過去を過去に出来ていないと、
今を生きることが出来ません
過去に逃げ込むのは楽だから、
そこにいたがる人もよく見ますが

自分はどんな人になりたいのか?
今目の前にいる人に何をあげたいのか?
自分は今何を感じているのか?
過去に囚われていたいのか?

この問いに答えたところに、
自分の進む道は見えてきます
選択は誰かに選ばされるものではありません

 

わたしは目の前のもの、
今あるものを大切にしたいと思っています
だから自分の中にある激しさも、
認めたくない闇も、
受け入れたその上で進みます

外からの刺激を少なくすると、
大切なものがはっきり見えてきますね

選んだこと
逃げたくなることもあるけど
覚悟をもって進もう
そう思うのです

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選ばなくていい選択はするな

する必要のない選択をして、
悲しんでいる人に出会いました

ある部分が否定されて、
そのままの自分が許されない
都合のいい姿を押し付けられて、
喜びを諦めて生き続けなきゃいけない
そんな選択です

 

人は存在だけで最上の価値があります
赤ちゃんは何も出来なくても、
そこにいるだけで周りを温かくする
人の価値ってこういうもので、
これは大人になっても変わりません

大きくなるにつれて、
役立つことばかり求められて
そうじゃないといけないような幻想に、
囚われたりしますが

そんなのは嘘っぱち
信じる必要のないことです
役に立たないといけないっていうのは、
手足として使うのに都合がいいから
それ以上の意味はありません

本当に好きな人はそのままを受け入れます
めんどくさい部分や出来ないこと
全部そのままに許してくれる
だからそばにいて安心もできます

上辺だけ好きな人は、
その人を都合よく変えようとします
出来ないことは責めてそのままを許さない
否定され続けるから、
自分に価値を感じられなくなる

後者にあたる人は多いもので、
いろんなところで顔を出しますが
そんな人は深く付き合う必要のない人
こころの近くにいる必要のない人です
それを求められる場所も、
いてはいけないと思います

 

「こうしなきゃいけない」
その人は小さい頃から言われて、
自分を出せずにいました
好きなこと嫌いなことを伝えられない
身近な人にすら、
こころの奥を話していませんでした

話せないのは話せない理由があるし、
その人の苦しみはその人のもの
わたしは推測しかできませんが

それでも誰の人生なの?って思います
嫌われたって、
責められることがあったって、
その人の人生は誰も生きてくれないのに

責任もとれないのにグチャグチャ言う人
そんなの放っておけばいいんですよね
そういう人の言葉で人生を決めて、
苦しむのは自分なのですから

 

同じ時間を生きていくのだから、
選ぶなら何を選ぶか?
喜びを分かち合える、
そのままを好きでいてくれる人
そんな人に囲まれる場所
わたしならそんなことを選ぶかな

大切にしなくていいことを大切にして、
大切にした方がいいことを粗末にする
そんな人生を、
誰かに選ばされたと思わないように

自分の人生は自分で決める
選ばなくていい選択はしない
大切だって思うのです

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