週末旅行もいいものね

金曜日に思い立って京都へ行き、
日曜日の夜帰ってきました
 
インターネットのおかげで、
当日でも交通機関や宿の手配が出来る
便利な世の中だなって思います
東京ー京都
行きは高速バス¥6500でおよそ7時間
帰りは新幹線指定席¥13000で2時間15分
高速バスは早めに予約すれば、
もっと安く抑えられますね
 
 
 
土肥先生の玖伊屋にお世話になって、
京都は身近な場所になりました
あんまり観光地には縁がなくて、
人ごみを外れた路地とか、
古い家ばっかり見てますが笑
 
いつかは住みたい気持ちもあるから、
今回はかなり歩いて、
町の空気を楽しんできました
土曜日は三条→九条
日曜日は九条→伏見稲荷のお山一周→京都駅→九条→京都駅
 
玖伊屋は2ヶ月に一度、
東九条のマダンセンターで開催されています
刷り込みじゃないけど、
わたしは九条の雰囲気が好き
少し寂れてるところもあるけど、
鴨川が近くて静かなところです
 
伏見のお山も、
前から好きな場所です
千本鳥居を抜けて、
お山をぐるりと一周
雨降りだったけど、
落ち着いた光の美しさ、
印象に残りました
 
 
 
このところ、
いろんなことが重なってしんどかったけど
お山を一巡りする頃には、
かなりどうでも良くなりました
 
好きなことで身体を動かすこと
よい気の中で過ごすことは、
こころの力を回復させてくれます
 
もちろん用事もあったから決めた旅だけど
もしかしたら身体もこころも、
必要なのは何か、
ちゃんと知っていたのかも
 
そう思えた、
いいお休みでした


f:id:ichapy:20171016214926j:image

うっかりで逃した魚はきっと大きい

困ったときこそ、
その状況を疑ってみる
頭を抱えることで、
逆に見えなくなっていることはないか?
約束事は理解しているか?
 
うっかりで機会を逃したらやりきれません
その答えは、
手元にあるのかもしれないから
そう思います
 
 
 
週末、
少し遠出をしました
宿は出来たばかりのゲストハウス
スタッフは少ないけどがんばって回している
そんな印象です
チェックイン時間は15~20時
時間を過ぎるとスタッフがいなくなるから、
早めに対応してもらいました
 
 
 
晩ご飯を済ませて帰ってきてみると、
入り口前に外国人の若い男性がいます
スタッフが帰ってしまい、
宿に入れなくなったみたい
かわいそうだから宿の緊急連絡先に連絡. . .
全然つながりません
 
予約リストに名前は載っていて、
実際に部屋も空いたまま
パスポートの名前も一致して、
本人なのは間違いなさそう
でも宿の責任者と連絡がとれない
 
宿泊者何人かと考えたけど、
どうにもならなくて
結局他を探すって言って、
雨の中消えてしまいました
 
 
 
翌日やってきたスタッフと話してみると、
予約サイトを通して連絡していたとのこと
プライバシー保護のため、
予約サイトが直接連絡先を教えない
そのため代替連絡手段がサイトにあって、
その人はそれに気付いてなかった
そういうことでした
 
宿の緊急連絡先が全く機能していない
それは大きな問題だけど
その人が自分の手元を確認して、
チェックイン時間の制限や、
予約サイトの連絡機能を把握してさえいたら
そう思わずにいられませんでした
 
異国の地で宿に入れず、
心細い思いをしたでしょう
支払ったお金は戻らないし、
余分な出費で楽しめたことも楽しめなくなる
それが自分の不注意によるとしたら
やっぱりやりきれないと思うのです
 
 
 
正直こういうことは、
誰にでも起こると思います
予約サイトを通して予約するのが初めてなら
分からないことだって多い
 
それだけに、
その状況を疑うべきだったと思います
連絡が一切ないなんて、
あるでしょうか?
 
これはもちろん「どちらが悪い」とか、
そういうお話じゃありません
中にはそんなトラブルを呼ぶような、
おかしなシステムもあるということ
 
お友達のSNSのセミナーでも、
設定をまず最初に確認するよう言われます
サイトの仕様や確認手段は、
設定と同等と言って差し支えないでしょう
 
自分を守れるのは自分だけ
そのためには、
約束事は最初に押さえる必要があります
そして何かトラブルがあった時は、
見落としがないか疑ってかかる
 
大切なことなんだって、
そう思った出来事でした
 
 

 

 

お風呂屋さん行ってきた!

「月に一度、今までしたことのないことをする」
お友達がこんなことを言っていて、
いいなと思ったので、
マネしてみることにしました

わたしは公共のお風呂がニガテです
お風呂って男女に分かれてますよね
どちらにも違和感があるわたしは、
どうしても異質さを意識させられるからです

男女というくくりで見た場合、
わたしはどっちつかずな身体をしています
もう何年も前、
男湯に入ったことはありますが、
その時に比べても体つきは変わりました

男性から見れば、
ちっちゃいけどある胸
肉付きも丸っこいし、
体毛もほとんどありません
女性から見たら?
手術してませんからね(^_^;)
問答無用でアウトでしょう

とは言うものの、
他人の身体なんてそうジロジロ眺めるものでもありません
要は心持ち次第
それも分かっていました

女湯はまあ無理
というわけで選択肢には男湯しか残りません
着替えから居心地よくないけど、
誰も見ちゃいませんから、
ささっと脱いでお風呂場へ. . .

広々とした湯船は気持ちいいですね
たまに視線を感じはしましたが、
たぶん気のせいでしょう笑
1時間くらいかけて、
ゆっくりお風呂を楽しんできました

違和感はあったか?
やっぱりありましたよ
周りのみなさん、
まあ男性らしい体つきですから

それでも何事もなくお風呂を楽しめるのは、
日本の平和さかもしれません
これからは、
たまにお風呂屋さん行こうかな
ちょっと世界が広がって、
いい気持ちの朝湯でした


f:id:ichapy:20171014123854j:image

 

診療内科に行ってきたこと

ここしばらく、
ストレスが大きかったようです
頭が働かなかったり
つまらないことでイライラして、
悲観的になったり
 
気がついたら涙が止まらなくなって、
自分が心配になり、
お医者さんに行ってきました
 
久しぶりの診療内科
10年くらい前、
仕事のことで上手くいかなくて、
診てもらって以来です
 
 
 
雑居ビルの7F
待合室は思ったより広くて、
人もけっこういます
問診票に記入して待つことしばし
診察室に呼ばれました
 
清潔感のある部屋
白衣にメガネの若い男性のお医者さん
記録係のお姉さん
聞かれるままに、
なるべく感情を抑えて、
状況を話すように努めました
 
本当にマズい状態の人は、
「感情を抑えて話す」
なんて出来ないんだそうで
わたしはそこ大丈夫だし、
会社にも行けてる
ということで「たいして問題なし」
竹本さんは強いとまで言われて、
ひとまず安心(^_^;)
 
それでもお医者さんには、
がんばらずに休めって言われました
こころの耐久力、
使えば減るんだそうです
だから疲れたら、
ゆっくり過ごす時間を作れって
 
 
 
ことの発端を考えると、
ここまでバランスを崩すと予想はしませんでした
ストレスへの耐性が落ちて、
耐えられていたことに耐えられなくなり、
それがまた負荷をかけ
その連鎖で、
バランスは崩れていったのでしょう
 
普段からこころを休める時間を意識する
わたしは気をつけてたつもりだったけど、
足らなかったということです
 
診察代金は、
健康保健を適用して¥3000ちょい
このくらいで済んで良かったかな
ストレス耐性を落とす出来事は、
甘く見てはいけない
そう思います
 
 

暴力の鎖を断ち切れ

こころの暴力は、
他人も自分も傷付けます
 
思いやりでこころを温めるか
無視して物のように扱うか
行動を選ぶのは、
いつでも自分だから
 
勇気をもって、
暴力の鎖は断ち切る方がいい
そう思います
 
 
 
この世は暴力にあふれています
暴力と言っても、
身体的なものばかりじゃありません
 
傷つける言葉やまなざし
沈黙
与えないこと
モラルの押し付け
乱雑な環境に置くこと
 
こんなことも、
こころに対する暴力になります
 
 
 
こういう環境にいると、
人は粗暴な反応しか返せなくなります
子供のとき大切にされなかった人が、
周りを大切に出来ない大人になるように
 
暴力を受けた人は自分を守るために、
他人も同じように扱い始めます
そんな風に扱われた人も、
その人のこころを見ることを止めて、
暴力で応えてしまう
 
こころを無視して傷つけあい、
維持されてゆく連鎖
こうして暴力は、
人のこころを蝕んでゆきます
 
自分が暴力をふるっていることは、
自分がいちばんよく知ってもいます
どんなに言い訳をしても、
こころを無視する後ろめたさは消えません
その状態は、
自分に対する最大の暴力でもある
 
 
 
誰にもこころがあるのです
自分だってそんな扱い方をされれば、
怒りや悲しみを感じるはず
それは他人だって同じ
みんな悲しみや喜びのある人なのです
 
誰かから物のように扱われて、
相手のこころを受け止めるのは難しいけど
そこで何を返すかで、
未来は変わります
 
人は思いやりを持って、
他人に触れられます
その思いやりは
他人だけじゃなく、
自分も救うもの
 
そう思うのです
 
 
 

 

 

答えが天から降ってくることもある

天啓みたいに、
いきなり答えがやってくる
そんなことがありました
 
もうずいぶん長く答えの出なかったこ
考えて考えて、
どうにもならないと思っていたこ
 
その時答えは出なくとも、
考え続けることでつながるもの、
あるのでしょうね
今まで見えなかったことが、
その瞬間から見えるようになった
まるで現実が入れ替わったみたいに
 
 
 
今考えると、
自分にとっての適切な言葉を探していた、
そんな気がします
 
答えの出ないこと
いつまでも考えてたって仕方ない
今まではそう思ってたし、
他人にもそう言ってきたけど
 
こんなこともあるんだなって、
ホッとしています
 

白黒つけるのは他人

傷付けられることや、
めんどうなことがあったとき
どんな風に相手を観るか?
それが相手との距離を教えてくれます
 
白黒つけたって、
得るものはわずかです
大切なものは大切にしましょう
失われたら、
二度と代わりは見つからないですから
 
 
 
人との関係を考えるとき、
最後に返るのは『相手が好きかどうか?』
その一点です
起きていることに善悪はなくて、
好みや違いがあるだけだからです
 
家族と言える人との間は、
白黒はつけませんよね
 
白黒つけることで目指すのは、
相手を打ち負かすこと
だから白黒つけるのは、
打ち負かして構わない関係
他人ということになる
 
関係を清算する時ってそうですよね
事実関係に線を引いて、
家族から他人になる
 
 
 
こんな風に考えると、
周りの人との関係も見えてきます
 
傷付いてもなんでも、
好きだから仕方がない?
それは家族か、
それに類する関係
 
きっちり白黒の線がある?
それは他人
 
その間がお友達ですね
関係性によって、
線の位置は変わる
 
 
 
人は違うものだから、
どうしたって傷付く場面は出てきます
瞬間的な怒りとか悲しみは仕方ない
でもそのあとは?
 
自分がどこを見ているかで、
その人との関係は分かります
逆に行動に迷ったら、
自分の向かいたい関係を考えれば、
自分にとっての最良が見えてきます
 
白黒つけるか
「しょーがねーな」で飲み込むか
自分の線があるのはどこかを知っておく
大切なことだと思います