イベントを楽しく続けていくには?

先週金曜日のこと
かわべゆういちさんと山田トモミさん開催、
大崎二人会に参加してきました
今回のテーマは
『イベントを楽しく仕組み化しよう』です

 


わたしイベント開催は数えるくらい
あまり経験があるとは言えません
落語を楽しみに行くとか、
哲学カフェみたいなお話会とか、
お誕生日会の企画とか

香川から藤田さんを呼んでお話を聴いたこと
とっても勉強になりました
今までの自分のイベントとは色合いが違う
そうすると求められるものが違ってきて、
気付きも違うのです

主催のトモミさんとかわべさんは、
イベント開催を続けてる方たち
ぼんやりした気付きを形にしたくて、
楽しみに参加してきましたよ

 


まずはかわべさん
イベント開催にあたって感じる、
「やってみたい」と「めんどくさい」
ここから「めんどくさい」を排除して、
楽しむようにするというお話からスタート
慣れた人でも「めんどくさい」ってあるのね
ちょっと安心します

イベントはいろんな要素があります
外に向けて発信することで、
そのイベントに合った来てほしい人と、
勧誘だのドタキャンだのする困った人と
選び選ばれる側面がある

参加者は時間をかけて来てくれてます
時間は命
そこにいてくれることには、
お金に替えられない価値があることになる
来てくれる人の時間をムダにしないように
準備はおろそかにできない
そんな言葉が印象的でした

 


後半はトモミさん
継続を考える時のポイント
発信することの大切さ
そんなお話がありましたが
いちばん印象的だったのは、
『ハードルは自分で上げられる』
というお話です

上にもあげたように、
勧誘やドタキャンは困ったものです

こういった気軽に考える人たちは、
条件の緩い場所に集まりやすいということ

かわべさんの話した「めんどくささ」は、
参加者の側にもあるということですね
参加費を高くしたり、
プロセスを複雑にすることで、
本当に来たい人だけがハードルを越えてくる

ハードルをあげることには怖さがあります
人が来てくれなかったら?
そんな弱さに、
つけ込まれるということでしょうか

 


これはイベントに限らず、
広い範囲に当てはまることだと思います
まずは自分の提供することの価値を、
自分が信じているか?

価値を信じていれば、
参加費や条件でハッキリ意思を示せます
一切の勧誘はおことわり
キャンセルしたらキャンセル料
参加費はこのくらい

わたしはこの辺弱いように思います
人との違いに本当に驚いたことがあって、
あまり強く人に何かを勧めるのが怖い

「自分の信じるものはこう」で、
それは他人と同じでは有り得ない
真実の1つだと思うけど
信じるものを話しちゃいけないことには、
なりませんよね

 


かわべさんの言うように、
参加者はお金と命を使って来てくれています
その人たちに対して、
自分の信じるものを知ってほしくて、
わざわざイベントを開催するのだから

イベントを開くときは、
怖くても外に向かって発信していこう
わたしの信じるのもはこう
それは素晴らしいものだから

そんなこと思う朝でした

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時間を忘れるって楽しい!

ちょっともったいないかな?
そんな風に思うこともあるけど

時間を忘れることって楽しい!
そう思います

 


このところ予定がずっと詰まってて、
お仕事ないはずなのにバタバタしてて
今日は久しぶりに空いた1日なので、
家にこもって遊んでました

集中すると時間を忘れちゃう
わたしの長所であり短所だなって思います
のめり込んで集中して好きになる
頭を悩ませたり、
何か出来れば喜んだり
大人になっても楽しい時間です

 


わたし好奇心は強い方だと思います
面白そうだなって感じることはけっこうある
広く浅くになりがちだけど、
長く続くものもポツポツと出てきます

模型
AD&D
懐中時計

どんな世界も奥の見えないものですが
長く続くものはわたしのこころを捕らえます
飽きっぽいとは思うけど、
こういうことは好きになり続ける
なんでそんなに好きなのか、
自分でも不思議に思うけど
考えたって分かりません

「でも好きなんだ」
結局答えはここに落ち着く
理由とか「何が」とか、
そんなものが削ぎ落とされても残る
わたしの「好き」の基準です

 


このところ遊んでるのはパソコンの環境です
MacBookを購入して、
今までの環境とどう組み合わせていくか

Windowsだけだったのが、
パソコンの故障からLinuxを覚えて、
今度はMacBookにつながって

MacBookメインの環境で、
WindowsLinuxをポータブルにできるか?
始めてみたらどちらにも、
課題があることが分かりました

Windowsはドライバの関係?
外付けSSDで起動までは出来るけど、
MacBook本体で入力が出来ない状態です
Bootcampのサポートソフトウェア、
MacBook経由でインストール出来れば、
問題が解決するかもしれないけど
まだここまで出来てません

Linuxも同じように2015モデルから、
キーボードとパッドに問題あり
これはもっと深刻で、
Linux全体が使えてないみたい
頭のいい人たちが、
一生懸命解決に向けてがんばってる
GitHubで公開されたファイル、
使い方が分かれば面白そうなんだけど

 


とまあこんなことやってて
気が付いたらもうこんな時間です
とりあえず分からないことは置いといて
今日出来たのはLinuxのインストール

いろいろある中から選んだのは、
今までも使ってたVoyager
インストール前のライブUSBの画面がこれで

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インストールして今はこんな風に

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しばらく不都合のあったバックアップも、
パッケージが更新されて問題なし
ライブUSBにして使えるようにしました

 


時間もったいなかったような気もするけど
こんな1日もいいものです
死ぬまでの時間、
楽しくて家にこもった日があったって、
構わないでしょ?

大切なのは自分がそれがいいと思えること
選んだのは自分で、
楽しかったから

いい1日だったな
そう思うのです

 

 

 

 

 

 

 


 

お酒飲み過ぎました

お酒を飲んだ翌日
「帰り道のこと覚えてない」
ってことがたまにあります
大人あるある?

20くらいの頃は、
46なんてものすごく大人だって思ってたけど
中身は子供のまんま
身体だけが時の影響を受けてる感じです

身体はこころの器
大事にしなきゃなって思います

 


昨日大塚のお店で飲んできました
料理もお酒も美味しくて、
みんなとの話も楽しくて

つい飲み過ぎました
帰り道のこと半分くらい覚えてない
記憶以外なくしたものはないし
無事に家に着いてはいたけど

なんだか足元がおぼつかなかった
フラフラしてたかも
ホームから落ちるとか、
転んでケガするとか
こういう時に起きるのだと思います

そんなトラブルになったら、
楽しかった気持ちも水の泡
一緒にいた人にも、
悲しい思いをさせちゃうでしょう

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かなり飲んだはずなのに残ってない
いいお酒だったんだろうなぁ
それもなんだかぼんやりとして
ちょっともったいないですよね

 


身体は順当に年を重ねています
コピーを重ねてるから、
新品の頃に比べるとほころびも見えてきます
あとどのくらいか分からないけど
死ぬまで付き合う身体だから

せめて自分の八分目くらいは覚えよう
きっとその方が自分も楽しいから
そう思うのです

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絵本セラピーとおもしろアートで楽しんだ!

昨日のこと
『絵本セラピーとおもしろアート体験』
というイベントに参加してきました

絵本セラピーは絵本を読んでもらって
触れた人がそれぞれ感じるものから、
こころの内を見ていくもの
おもしろアート体験は、
オイルパステルで自由に描いて
『言葉にならないこと』に姿を与えるもの

絵本から感じる気持ちを、
言葉だけじゃなく色でも表現できる
双方が補完しあってる感じのコラボです

 


絵本セラピーって初めて受けました
文章は読んでくれるので、
素直に絵を追いかけることができます
絵を見ないで言葉を追いたくなる
そんな自分もいるんですが、
コイツには大人しくしてもらって集中集中

同じ絵を見ていても、
みんな見るものが違います
用意してくれた絵本は5冊ありましたが
感想をシェアしてもみんな違って、
その人の感性が出るのを感じます

ここでは自分の子供っぽさを再確認
これは長所であり短所でもあるでしょう
40半ば過ぎてこれだから、
このままいくのがいいかな?
そんなことを考えます

 


おもしろアート
これ実は2度くらい体験してます
前は自由に描く楽しさは分かったけど、
おっかなびっくりなとこがありました
気持ちが楽になるまで、
時間がかかったのを覚えてます

描き始めて、
つい気にしちゃう自分も出てくるけど
気にするなって言われてアクセル踏み込み
自由にグリグリ描いていきます

手の汚れもはみ出しも気にしない
ガリガリ引っ掻いてまた描いて、
仕上げにシッカロールかけてこすってあげる
そうすると画面に艶がでて、
しっとりと落ち着きます

今回は最初から楽しめたかな?
大切なことを大切な人に
『伝える』が今回のテーマだったから、
そんなことを思いながら描きました

 


具体的な言葉と、
言葉よりは抽象的な色とかたち
絵本は両方が同居した世界です

わたしの中にも、
言葉好きで理屈っぽいわたしと、
色や音が好きで泣いたり笑ったりなわたしと
世界が入り混じってるのを感じます

人の一生は物語に例えられるから、
わたしも絵本みたいなものなんでしょう
だとすれば

自分をどんな風に描いていこうか

言葉とそうでないものの割合
表紙は何色で、
装丁にはどんな素材を使おうか
どんなメッセージを誰に、
どんな風に伝えよう

 


絵本を見て、
オイルパステルで楽しんで描いた絵を見て
ちょっと想像力が伸びやかになったみたいで
そんなこと思うのです

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誰も責めてなんかいないから

誰も責めてなんかいないよ?
そう言いたくなる人
周りの言葉に敵意を向けて
いつも誰かと戦ってるみたいな、
そんな人がいるけど

周りの人ってほとんど無関心
敵なんかじゃないから
肩の力抜いた方が楽じゃないかなって
そう思います

 


世の中敵ばっかり?
好きの反対は嫌いじゃないし、
嫌いの反対は好きじゃありません
好き嫌いは関心のある状態
反対は無関心です

世の中のたいがいの人は、
よく知らない人なんて気にしちゃいません
好いてくれる人や嫌う人は一握りで、
根拠もなく関心を持つ人は少ないのです

だから勝ち負けとか他人の言葉とか、
いちいちこだわってると疲れちゃう
世の中のほとんどは、
敵でも味方でもないからです

 


よく知らない人に力を使ってられないから、
人は考えのショートカットをよくしますが
よく知らない人に向ける意識には、
考え方のクセが影響してきます
敵意みたいなものは例の1つですね

人の言動を否定と捉えて、
自分を守るため必要以上に攻撃的になる
それは自分を低く見ているから起きること
敵対的な見方をする人のクセは、
自分への否定的な見方です

否定的な人は、
減点で考えていきますね
100点から引いていくから、
がんばってもいつか0点になってしまう

自分も他人もしんどい世界です
しんどいとイライラして、
他人に向ける視線も辛辣になる
悪循環です

 


言葉に意味を与えるのは聞いた人です
元の言葉を発した人がどんな意図で話したか
エスパーでもない限り分からん話でしょう
そもそも自分も自分への言葉も、
わざわざ否定的な見方をする必要ないのです

人は自分のあり方を選ぶことができますが、
こんな部分も選べるのです
些細なことかもしれないけど、
細かい積み重ねはバカにならない

その人の選択は、
相手のリアクションにもつながります
相手がどう受け取るかも相手次第ですが
好意には親近感を、
敵意には反発を覚えるのが自然でしょう

大多数の無関心な人の反応は、
あまり踏み込まずに決められてしまいます
減点ベースの人は、
ここでもちょっと損かなぁと思います

 


重い鎧を着ていたら、
気は休まりません

周りは敵じゃないから、
あなたを攻撃してるわけでもない
だからやたらとトゲを出して、
周りを批判しなくてもいい

肩の力抜いて、
たまには足し算で見ても楽じゃないかって
そう思うのです

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エンジンがかからない時に選ぶことは?

エンジンがかからない
なんだか何もしたくない
そんな時

がんばって動いて気持ちを変えてもいいし、
ムリそうなら休んでもいい
こうしなきゃいけないはないから
柔らかく選んでいけるといいな
そう思います

 


エンジンかからんなぁ
そんな時があります
なんだか気が向かない
何もする気にならない
そんなことありませんか?

人のこころは身体と密接に結び付いてます
身体の調子がよくないと、
気持ちも上を向かないもの
逆にこころの浮き沈みから、
身体が影響されることもあります
何でもないけど気が向かない
そんなこともありますね

 


エンジンがかからない時
とりあえず動いてみるのは1つの方法です
形から気持ちが動くかもしれない
身体は比較的元気だけど気持ちはブルー
そんな時には効果的です

わたしがよくやるのは、
普段から好きだと思えることをやってみる
音楽を聴くこと
ゆっくりお風呂に入ること
外に出て自然を眺めること
何か食べてみること

エンジンがかからないって、
変化への感受性が落ちてる時に多く感じます
好きなことは感度が低くても受信出来ます
わたしは単純なので、
これで楽しくなること多いですね
いちばん即効性がある方法かな

 


こころの側から流れを変えるのも可能です
気持ちが乗らないのは、
何か気にかかることがあるから?
原因があるなら、
気付きから流れは変わるかもしれません

これはけっこう時間がかるし、
こころの力も使います
ことによると落ち込んだりもしますが
とことん落ち込んだら上がるだけになるから
浮上力は大きい方法でもあります

ちょっとMっ気ないとムリかな?
わたしはよくやってますがー

 


出来るだけ早く浮上しなきゃいけない?
そんなこともないと思います

とりあえずその状態を味わうのも、
けっこう大切なこと
気乗りしないのは、
こころや身体からのサインでもあるでしょう
疲れていて休息が必要なのかもしれません

そんな時は、
何も考えないのがいちばんです
時間がもったいないような気もしますが、
気持ちの焦りは余裕のなさ
休むことが出来ないって、
現代に生きる人の弱点のような気がします

 


エンジンかからない時

身体からこころを動かしたり、
こころから身体を動かしたり
こころと身体の関係を利用してみるのは、
場合によっては効果的
ただ疲れているときは、
時間を忘れて休むのもとっても大切です

エンジンかからないのって何でかな
なんだか何もしたくない時は、
身体とこころの声を聴いて、
何かしたり何もしなかったり

柔らかく選べるといいなって
そう思うのです

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自分は許してあげようよ

自分を許せない人は、
自分にも他人にも厳しい
ここまで出来ないと本物じゃない
そうやって自分も周りも縛ってしまうけど

ハードルを上げてるのは自分
他人はそこには関係ないのだから
そのままの自分を許してあげたら?
そう思います

 


他人に優しくて自分に厳しい人
会うことがあります

出来ること出来ないことは人によって違う
常識だって同じこと
そういうことを分かっているから、
精いっぱいを認めてくれる

自分に厳しいというのも、
したいからそうしてるだけ
誰に言われたのでもなく、
だから誰かに要求することもない

自分は自分
他人は他人
その境界線がちゃんと引かれていて
強い人だなって思います

 


他人にも自分にも厳しい人
縛りが多くて他人に厳しい人
前のわたしを思い出します
「ここまで出来ないと本物じゃない」
そんな完璧主義でいろんなものを縛ってた

口を開けば評論家気取り
あれはダメだ
ここが違う
実際に動いている人を見て、
動きもしない自分が言ってました

何もせずに批判するのは簡単です
自分には何ひとつ痛みがないからです
自分が批評することで、
動いてる人より上に立った気分にもなる

実際には、
動いた人はどんどん先に行く
差は開く一方なんですけどね

 


自分への基準の厳しさ
そう考えれば似てるようにも感じるけど
実際はずいぶん違います
ほとんど正反対

他人に優しくできる人は、
自分と他人が違うことを理解していて、
行動を自分の中の基準で選んでいます

他人に厳しい人は自他の境界線が曖昧で、
相手の基準が自分と同じだと思っています
だから相手の違いを許さない

周りからどう見えるか
そんなことも気にしてました
基準は自分の外にあって
自分で行動を選んでいませんでした

 


過去のわたしは、
そのままの自分を許せてなかったと思います

よその基準ばかりを気にして、
自分は自分でいいと思ってなかった
自信がなかったのです

動かないのも、
勝手にハードルを上げてた部分がありました
他人の物差しに怯えて、
スタートしない言い訳にしてました

 


わざわざハードルを高くしないで、
動いてみればいい
まずやってみればいいと思います
他の命を脅かさない限り、
世の中しちゃいけないことは少ないものです

出来なくても不完全でも、
自分を許してあげるのも大切です
ハードルを下げてのスタートで、
最初から空高く飛べるわけじゃないからです

自分が出来なくて不完全だと分かれば、
他人も完璧じゃないことが分かります
そうすれば、
他人を裁く無意味さも分かります

そこから進んでいけばいい
出来ない不完全な姿が等身大の自分だけど
だからと言って、
他人に値踏みされるようなものでもないから

前のわたしみたいに完璧を求めたい人は、
思い出して欲しい
他人の基準に惑わされず、
自分を許していい

そう思うのです

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