言葉にならない気持ちこそが

言葉にならない気持ちは必ずあって
それは言葉より遥かに深い
相手を大切にするということは、
語られない深みをも大切にすること
 
見えないけどある思い
忘れちゃいけないなって、
そう思います
 
 
 
人にはこころがあって、
思いがあります
語られることも、
語られないことも
 
言葉にならないからといって、
思いが存在しないことにはなりません
やっぱりそこには気持ちがあって、
ちゃんと息づいている
 
思いの深みから、
わずかに浮かび上がったのが言葉でしょう
語られないことの方が遥かに多くて、
本質には近い
大切なのは、
その千尋の深みを知ることだと思うのです
 
 
 
言わなければ伝わらないのも事実だから、
話さないで分かることは無いけど
 
きっとお互いが、
ほんの少し思い出すだけでいいのです
相手にもこころがあって、
言葉にならない気持ちがいっぱいあること
それを知れば、
見えることだけじゃ分からないことが、
分かってくる
 
相手が大切であるということは、
語られないことも大切だということです
見える部分を越えて広がる存在も、
その人だから
 
わたしはそう思います
 
 
 

人に問題はないのだから

個人に問題はない
働きかけるべきは、
問題を起こさせる枠組みそのもの
 
生け贄の山羊を作るのは無益です
個人に原因を求めるのを止めれば、
みなが生きやすくなる
わたしはそう思います
 
 
 
トラブルが起きたとき
誰かのせいにするのは簡単です
自分であれ他人であれ、
責任という名の鎖で縛って、
逃げられないようにすれば済みますから
 
結果からさかのぼって原因を探ると、
誰かの失敗に行き着く
人は必ず失敗するものです
原因は人に帰せられる
こいつが悪い
よくある流れですね
 
この考え方
わたしは大嫌い
簡単に解決してるようで、
何も変わらないからです
 
 
 
よく言われることですが、
『人が問題ではない』のです
その問題が人にそうさせている
問題を個人の外に置くことで、
人は責める視点から解放されます
 
例えば. . .
 
うつやADHD/アスペルガーは、
人に働きかけて問題と見られる行動をさせる
周囲との関係にも働きかけて、
本人とみなを困らせてしまう
うつを黒い犬に例えた動画は有名ですね
 
性別を二元的に捉える社会の考え方が、
個人に性別違和を感じさせる
性役割を押し付ける
 
問題を起こしうるシステム上の欠陥が、
人に失敗をさせる
 
 
 
個人に原因を求め続ける限り、
問題はなくなりません
働きかけるべきは、
問題を起こす枠組みそのものです
 
うつやADHD/アスペルガーは、
どんな状況で現れて、
どんな行動をとらせるのか
本人と周りを困らせるのか
 
男女二元論的な考え方は、
どんな状況で性別違和者に困難を感じさせるのか
 
システムの不備は、
どんな状況でミスを誘発するのか
 
こういった視点で見ていくと、
問題を客観的に捉えることができて、
どんな時に気をつければいいのか、
コントロールが可能になります
 
 
 
個人的なことから、
大きなシステムまで、
幅は広いけど
 
個人に問題を押し付けるのは、
なんの解決にもならない
変えるべきは外側
 
わたしはそう思っています

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ハードル倒しながら進んでもいいでしょ?

つらいことや悲しいこと、
スルー出来るほど器用じゃないなら
ひとつひとつ味わって、
飲み込んでゆくのもアリ
 
時間はかかるけど、
積み重ねた時間は自分を変えてゆきます
器用でなくたって構わない
自分に合ったやり方を見つけること、
大切なんだって思います
 
 
 
生きていると、
毎日いろんなことがあります
楽しいこと
嬉しいこと
悲しいこと
つらいこと
 
なるべく起伏はない方が楽だけど、
そうもいかないですよね
わたしもそうです
 
楽しいことや嬉しいことはいいとして、
悲しいことやつらいこと
向き合うのには時間がかかります
早く普段の自分に戻らなきゃって思っても、
なかなか上手くいかない
 
 
 
こんなとき
わたしは感情をゆっくり見ます
今の状態が引き起こされた原因は、
たいがいこれではっきりします
原始的な部分だから、
幼い自分が見えてきたりして
恥ずかしくなることもしばしば笑
 
ここまできたら、
本当に気持ちのよい答えを探します
幼い感情を満足させるだけじゃない、
こころが喜ぶ道
 
見つからないこともあります
自分を守るために、
関係を断ち切らなければならないこともある
 
でもたいがいは、
別の方法があります
見えないのは、
視野が狭くなっているだけのことが多い
 
 
 
「まあいいや」でもいいんだけど
こうして自分の答えを出してゆくと、
積み重ねが自分を大きく変えてゆきます
 
軽くスルー出来る器用さがあるなら、
身軽さを武器に出来るんでしょう
だけどわたしには難しい
ハードル倒しながら進んでもいいでしょ笑?
 
泥臭くてもこんなやり方、
わたしはしています
 
 

 

 

期待は嫌いだ

期待すること
わたしは好きじゃありません
 
人も、
自分も、
未来も、
人生も
 
期待することは、
叶わない時の失望や、
大きすぎれば絶望につながる
期待なんてしない方がいいのです
 
 
 
期待は合格点を設定するのです
基準を満たすために、
人は生きてるわけじゃありません
自分であれ他人であれ、
その時を自分なりに生きている
そこに合格点を設ける?
傲慢なお話ですよね
 
もちろん期待されることが、
原動力になることもあります
みながそれに応えられるなら、
それも悪くないかもしれない
 
でも人には得手不得手があるもの
出来ることがあれば、
出来ないこともある
それが人です
 
出来なかったとき
相手への評価が変わっちゃうのは、
やっぱり変だと思うのです
 
 
 
出来たら嬉しい
出来なきゃ次どうするか、
考えればいい
そこに期待や失望は、
必要ない
 
わたしはそう思います
 
 

分かるときは突然やってくる

型の練習にも似た、
毎日の積み重ね
無意味なようでいて、
そうではない
積み重ねた行動は、
知らず答えへと導いてくれます
 
何かをしても、
何もしなくても、
同じだけ時は過ぎてゆきます
それなら無関係に見えることでも、
何かした方がいいよなって
 
わたしは思います
 
 
 
かるときは、
突然やってきます
ストンと腑に落ちる
疑問も何もなく
 
毎日の積み重ねって、
大切なものです
何も変わらなくても、
だんだんと答えに近づいている
 
理屈ではないんですよね
普段から準備をしておくことで、
幸運が舞い込むのと同じ
何もしないところには、
何も起きない
些細なことでも積み重ねていくと、
答えに近づいていく
 
 
 
『幸運』や『答え』と言うと、
あまり論理的には聞こえませんよね
脳ってよく出来たもので、
一見無関係だけど、
関連する部分のある事柄を結び付ける、
そんなことをするそうです
 
そのために必要なのは、
ひとつひとつ積み重ねること
 
関係なさそうだから、
無駄なことはしない
それも意味のある選択肢です
必要なことをするには、
時間の使い方は工夫しなきゃいけない
 
でも関係なさそうなことでも、
答えに結び付かないとは言えないのです
積み重ねたことは全て、
自分を形作る材料
それが思いもよらない答えをくれたりする
 
 
 
何もしないか
何かするか
同じ時間過ごすなら、
何かしたいなって、
わたしは思うのです
 
 

人は簡単には変わらないということ

人はそう簡単には変わりません
だから誰かを観るときは、
部分だけを見ちゃいけない
 
時と空間の両方観て、
初めてその人が分かるんだって、
そう思います
 
 
 
人にはいろんな側面があります
面倒なところ
合わせやすいところ
 
トラブルがあったとき、
よく言われますね
「他人は変わらないから、
状況を変えたかったら自分が変わること」
 
トラブルの原因になっている事柄は、
今その場にいるお互いに由来します
だから簡単には変わらないもので、
上で挙げた言葉は真実でしょう
 
人は今この時だけに、
存在してるわけじゃありません
時の連続性の中にいて、
思いは過去から続いている
 
 
 
これは2つの視点を与えてくれます
1つは時の中で培われた思いだから、
簡単には変わらないということ
自分が変化した方が楽
そう言われる所以でもありますね
 
もう1つは、
普段のその人は何を思っているか
基本的な姿勢はどうなのか
そこも変わらないということです
 
誰かとの間にトラブルが発生すると、
ついその時に注視してしまうけど
 
人は急には変わりません
流れを読めば見えてくること、
必ずあるのです
 
人はプレパラートの標本じゃなくて、
生きてそこにいます
生命は時間
忘れちゃいけないんだなって
 
そう思います
 

何でそうなるんだろ

何でそうなるんだろ
そう思うことがあります
そんなことしたら関係が壊れるのに
どうして平気で出来るんだろうって
 
自分がされたら嫌じゃないのか
 
考えないんでしょうね
分かってやってるなら、
仕方がないけど
 
楽しく過ごそうとすることが、
今を大切にしようとするのが、
よくないのなら
 
自分のやってること
バカらしくなってきます
どうすればいいのか
考えてしまう
 
 
 
他人は変わらない
こころは自分次第だから、
自分が変わればいいのだけれど
 
分かっていても
考えてしまう
人は難しいなって
思います