自分ってどんな人?

自分って不思議だな
つくづくそう思います
いちばん分かってるようで、
分からない人

よく知ってる姿は鏡合わせのイメージだし、
聞いてるのは骨を伝わった声
後ろ姿なんてほとんど見たことない
毎日触れて聞いているのに、
知らないことばかりです

 

内面的な部分も同じです

ある人の印象が他人と全く同じはないから、
受け取る人の数だけイメージはあります
わたしはこの世で1人だけど、
その姿は人の数だけ存在することになる

こうなると、
「自分はこんな人」というイメージが、
あまり意味のないものと気付きます
人の数だけあるイメージ
その全てが正しくて、
しかも矛盾した姿をはらんでいるなら

自分を「正しく」捉えようと腐心すること、
どれほど意味があるんだろう?
そう思います

 

自己イメージが不要とか、
そんなこと言ってる訳じゃありませんよ
核を定めれば行き先も見つけやすいし、
変化を実感することも出来ますから

ただイメージにばかり目を向けていると、
それが自分自身を奪っていきます
イメージの範囲から出られなくなって、
他にある可能性にたどり着けなくなる

自分自身はそこにいる人です
喜びや悲しみを覚え、
息をして鼓動を感じている人
それが外からであれ内からであれ、
イメージは当人から生み出されるもの
そのイメージに縛られるのは本末転倒です

 

自己イメージを知ることは、
せいぜいがよく生きる手段でしょう
マスターはいつでも現実の自分で、
イメージが生きてる訳じゃありません

自己イメージに囚われず、
人はいつでも自由に生きられるということ
大切だと思うのです


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