両輪のように進もう

周りを見ず、
独りで進んでいたら

誰かと足並みを揃えることはできません

相手を信じて、
行き先を共に見て
足並みを揃えて進んで行こう

そう思います

 


車の両輪のように

誰かと何かを成し遂げようと思ったら
2人が互いを認め合い、
足並みを揃えていかないといけません
同じ方向を向く必要もあるから、
進む先も共有する必要がある

ここでズレがあったら?
進む方向がバラバラで、
互いの性能をバカにし合って、
自分の速度で進もうとしたら??
上手くいくはずもない
そう思います

 


1人では1人以上のことはできない

個々にがんばるのは大切です
それぞれが自分に出来ることを精いっぱい
それは自分への信頼につながることだし、
周りへの心遣いでもある

目の前のことに精いっぱいぶつかった人に、
人生は応えます
たとえどんなことでも、
精いっぱいやったことの結果として、
幸せはやってくるからです

ただ1人で出来ることには限りがあります
どんなに手を広げても、
届く範囲には限りがある
考えることも、
自分の頭から出ることは出来ません

自分と違う個性とともにあることで、
新しい可能性が開けます
気付かなかった視点
自分とは違うアプローチの仕方

誰かと何かをする意味はここにあります
ぶつかるほど違いすぎず、
発展性がなくなるほど同じでありすぎない
だからこそそばにいるし、
ともに何かしようとするのだと思います

 


イラッとするのは侮りがあるから

人の話を聞いてイラッとしたり、
バカにされてると思うのは、
相手を侮っているからです
侮りの正体は甘えや軽視
関係性によってここは変化しますが

見上げるような人に、
何か言われたとして
よほどの決め付けでもない限り、
そんなことは感じないものです

自分の傲慢さ
ヒドいもんだなと思います
こんな状態で車輪を揃えられる?
ちょっとマズいよなと思います

 


まとめ:両輪のように

わたしは自分独りが楽しむだけじゃなくて、
もらったものを周りに返したいと思って、
お仕事を辞めました

今までのやり方は、
自分独りで歩いていくやり方
今まではそれで問題なかったけど
これから先は、
周りの助けが欠かせません

つい今までのやり方に固執したくなるけど
それじゃ何も変わらないでしょう
同じやり方には同じ結果
そんなのは分かりきったことだから

助けてくれる人を頼れるように
相手を信じて、
同じ方向を見て
足並みを揃えて進んで行こう

そう思うのです

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