自分は許してあげようよ

自分を許せない人は、
自分にも他人にも厳しい
ここまで出来ないと本物じゃない
そうやって自分も周りも縛ってしまうけど

ハードルを上げてるのは自分
他人はそこには関係ないのだから
そのままの自分を許してあげたら?
そう思います

 


他人に優しくて自分に厳しい人
会うことがあります

出来ること出来ないことは人によって違う
常識だって同じこと
そういうことを分かっているから、
精いっぱいを認めてくれる

自分に厳しいというのも、
したいからそうしてるだけ
誰に言われたのでもなく、
だから誰かに要求することもない

自分は自分
他人は他人
その境界線がちゃんと引かれていて
強い人だなって思います

 


他人にも自分にも厳しい人
縛りが多くて他人に厳しい人
前のわたしを思い出します
「ここまで出来ないと本物じゃない」
そんな完璧主義でいろんなものを縛ってた

口を開けば評論家気取り
あれはダメだ
ここが違う
実際に動いている人を見て、
動きもしない自分が言ってました

何もせずに批判するのは簡単です
自分には何ひとつ痛みがないからです
自分が批評することで、
動いてる人より上に立った気分にもなる

実際には、
動いた人はどんどん先に行く
差は開く一方なんですけどね

 


自分への基準の厳しさ
そう考えれば似てるようにも感じるけど
実際はずいぶん違います
ほとんど正反対

他人に優しくできる人は、
自分と他人が違うことを理解していて、
行動を自分の中の基準で選んでいます

他人に厳しい人は自他の境界線が曖昧で、
相手の基準が自分と同じだと思っています
だから相手の違いを許さない

周りからどう見えるか
そんなことも気にしてました
基準は自分の外にあって
自分で行動を選んでいませんでした

 


過去のわたしは、
そのままの自分を許せてなかったと思います

よその基準ばかりを気にして、
自分は自分でいいと思ってなかった
自信がなかったのです

動かないのも、
勝手にハードルを上げてた部分がありました
他人の物差しに怯えて、
スタートしない言い訳にしてました

 


わざわざハードルを高くしないで、
動いてみればいい
まずやってみればいいと思います
他の命を脅かさない限り、
世の中しちゃいけないことは少ないものです

出来なくても不完全でも、
自分を許してあげるのも大切です
ハードルを下げてのスタートで、
最初から空高く飛べるわけじゃないからです

自分が出来なくて不完全だと分かれば、
他人も完璧じゃないことが分かります
そうすれば、
他人を裁く無意味さも分かります

そこから進んでいけばいい
出来ない不完全な姿が等身大の自分だけど
だからと言って、
他人に値踏みされるようなものでもないから

前のわたしみたいに完璧を求めたい人は、
思い出して欲しい
他人の基準に惑わされず、
自分を許していい

そう思うのです

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