自分を傷付けること

生活に歪みが出てきました
やらなきゃいけないことができてない
あるはずのものが見つからない
原因はわたしの怠惰です

もともとわたしにあった弱点ですが
こころが疲れて動けなくなった頃から、
よりひどくなったように思います

こういう時はムリせず休んで、
生活をいちばんにすればいいんだけど
わたしは逆
生活を適当にして他を保とうとする
自分を大切にせず他人にいい顔をする
そんな部分の表れだと思います

だんだんと余裕がなくなって、
金銭的にも時間的にも追い詰められる
怖いのになぜだか動かない
身体に悪いと知っていても止めない、
そんな他の習慣と似ています
そうやって自分を傷付ける
ある種の自傷なのかもしれません

 

歪みが出てくるということは、
立て直しのチャンスでもあるでしょう
今の習慣にはムリがある
そのままじゃいけないのはよく分かります

特効薬はなんてあるわけない
目の前のこと、
優先順位の高いものから手を着けるだけ
「やらなきゃいけない」で追い詰めると、
しんどくなっちゃうから
そんなにムリは出来ないけど

積み上がったものは下ろしていく
無駄な出費は抑える
要らないものは捨てる
みんなが当たり前にやってること、
わたしもやっていこう
そう思うのです

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未完成は面白いぞ

自分が何かに向かい合うやり方について、
考える機会がありました
完全と不完全
そんなことを考えていて、
子供の頃作っていた模型を思い出しました

プラモデルとかメタルキットとか
キャラクターモデルが多かったですね
あんまり設定に縛られず、
自由に作るのが好きでした
空想の世界だから、
こんなのもいいよね?っていう感じ

作るのは旧型の量産機が多い
主役機は遊びの余地がなくて、
面白くないなーと感じてしまって
旧型機は味があります

旧式化したものって、
現場がいろいろ改造するでしょう?
周りの進歩に対応するため、
装備を付け足したりもする
それでも追い付けなくなるのを、
だましだまし使っていく
想像の入り込むたくさんの余白
そこが好きだったと思います

 

より完全なものに惹かれる
不完全なものに惹かれる
人にはどちらの側面もあるかもしれません
わたし自身は完全を目指すところがあるけど
どちらかと言えば不完全なものに惹かれる
なんだか矛盾してますが

完全に近付けようとして動かないなら、
それは何もしていないのと変わらない
動いた方がずっといい
そんな風にお友達に指摘されました

これ本当にそうだなと思います
完全を目指すのはほどほどに
あんまり自分を追い込まない程度に、
上を向く気持ちがあればいいのでしょう

他人に完璧を求めるのは違うと感じます
自分が完璧じゃないんだから、
他人も同じこと
ここは簡単ですね

 

不完全なものの魅力は、
手の入る余白にあると思います
目指すものと関わる人で変化する可能性
そういう意味で不完全は未完成、
作り上げる余白があるものと考えられます

何かをかたちにする面白さも、
ここにあると思います
いろんな可能性の中から、
手探りで作り出してゆく工程

1人はもちろんだけど、
多人数でもこれはきっと同じです
他者との関係から生まれる可能性は、
1人の考えを凌ぐものでしょう

不完全でも動いた方がいい、
話した方がいいというのは、
人との関わりで可能性が広がるからですよね
可能性は変化から生まれます

 

完全であることに縛られるなら、
未完成の方が面白い
未完成であることを共有し、
周りとの関係で完成に近付けていく

もしかしたら、
人生も同じかもしれませんね
未完成だから面白くて、
自分の目指す姿を求めていくのかもしれない
そんな風に思うのです

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胃カメラ飲んできた!

昨日胃カメラ飲んできました
なんでもピロリ菌がいるからってことで

ピロリ菌
ご本名はヘリコバクター・ピロリ
お住まいは胃の幽門部
強力な塩酸に耐えられるタフなやつです
ヘリコプターみたいに動く繊毛があって、
この名前になったみたい
名前はかわいいけどやることはえげつなくて
住まわせとくと、
胃潰瘍とか癌のリスクが上がります

この菌とリスクの関連は証明されていて、
今は除菌に保険適用されます
そのかわり、
胃カメラ飲んで胃の中を見なきゃいけない
ピロリ菌感染者の胃の中は、
目視でわかるらしいのです

わたし今まで胃カメラは未経験
やった人に聞くと、
「あんな苦しいものやるもんじゃない」
「たいしたことなかった」
くっきり分かれるの
まあ何事も経験!
そう思うから、
朝ご飯ガマンして行ってきましたよ

 

まずは肩に筋肉注射
胃の中を洗い流す薬液を小さなコップ一杯
あんまり美味しくはないけどゴクリ
口からは大変みたいなので、

今回は鼻からカメラを入れると決めました
鼻血を防ぐために、
それぞれの鼻の穴にゼリー注入3回
毛細血管を収縮させるお薬だって

麻酔のゼリーを同じく注入3回
鼻の奥がツーンとします
喉の奥に麻酔スプレー吹き付け
触れた部分から感覚が鈍くなって、
舌の感覚がなくなりました

次は鼻の穴に管が通るかどうかテスト
細いものから太いものへ
ここでわたしは鼻の穴が狭いと判明
通らなかったら口からになるけど、
なんとか通りました

ここで横向きになって先生を待ちます
腕のいい先生なんだって
ちょっとドキドキします
ここから先はあんまり細かく覚えてません
やっぱり苦しかったの

いちばんは喉元を通るときの嘔吐反射
おえってなります
肩の力抜いて!って何回も肩叩かれたけど、
そんな自覚全然ないし

それでもなんとか飲み込むと、
今度はお腹に空気が入る
これもけっこう苦しいのね
お腹が張ります
あとはよだれダラダラ
喉のところを太いものが通ってる感覚

 

胃の中は思ったよりきれいだそうで
菌のいる様子は一部のびらんしかない
組織を採集して胃カメラは終了
ずいぶん長く感じたけど、
時間にしたら10分くらいかな?

まだ細かいことは分からないけど、
ホルモン剤摂取が影響している可能性、
あるかもしれないとのことで
採血もして、
2週間後の結果待ちとなりました

 

お腹の中を見られるって、
なかなか面白い経験です
嘔吐反射と喉とお腹が張る苦しさ、
ここが楽になれば本当に楽しいのに
そこがみんな嫌がるとこなんでしょうけどね

検査の後も麻酔の影響で、
目が霞んで声もしゃがれたまま
鼻も詰まった感じでした
空気でお腹もぐるぐる
麻酔の影響は1時間、
そのほかは数時間ってとこですが

朝ご飯抜いたから、
お昼も晩もご飯おいしかったな
普通にご飯食べられるって嬉しい!
改めて思った1日でした

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イベント開催について勉強してきた!

月曜日のこと
お友達のITセラピスト、
トモミンこと山田トモミさんのともらぼ、
坂戸で参加してきました

最近は忙しいみたいで、
都内での開催はお休みしてますが
こちらは今のところ連続開催してますね
テーマは発信力とイベント開催でした

 

わたし最近はずっとおサボりですが、
落語のイベントをたてていたことがあります
寄席にいって何も考えずに笑って、
ストレスを忘れて過ごそうよ!ってもの
1人でも開催するスタンスだから、
いたって気楽なイベントです

考えるのが好きで、
哲学カフェをたてたこともありました
テーマを決めて思うことを話せる場
他人の意見は否定しないとか、
幾つかのルールに則って進められる集まりね
こちら少しハードル高かったかもしれません

「分からない」こと、
やってみたことでいっぱい気付きました
場所や時間の都合
来てくれる人は迷わないか?
何を伝えればいいのか?

特に最後ね
文章で伝えるだけでも難しいけど、
まず読んでもらえるまでが大変なの
だからイベントの「顔」と合わせて、
すごく大切だって実感したのを覚えています

 

トモミ先生は毎回時間いっぱい、
しっかり詰まった講義をしてくれます
今回も例外じゃなくて、
2時間+補講でめいっぱい教えてくれました
特に印象に残ったのは、
参加者視点が大切であること

イベントを開催する側は、
自分のすることを理解しているけど
参加する側は分からない
だから当たり前と思っても、
細かくフォローすることは欠かせない

言葉にすると簡単なんですけどね、
実際やると意外と気付きません
会場までのおおまかな道は?
イベント参加したら何が変わるの?
時間はどのくらいかかるんだろ?

大切なのは、
人によって基準が違うと知ること
誰かの当たり前は、
他の誰かの当たり前じゃありません
だから場所の遠い近いや時間の長い短い、
価格の高い安いなんてことも、
人によって思うことは違います

わたし人間関係ではイヤってほど思ったけど
イベントとつなげた形で考えたこと、
あんまりなかったです

 

FBみたいなSNS
イベントも自由にたてられてすごーく便利
そしてその仕組みの向こうには、
必ず人がいます

だからたてればいいってことはない
たてる前からひとつずつ考えて、
たてた後にも情報を提供して、
不安を軽くしてあげる
イベントが終わった後も、
継続出来るようにフォローする
イベントは前後に影響のあるものです

文字の羅列の向こうには人がいて、
そこにはこころがあって、
不安や迷い、
喜びや満足がある

短い人生の中、
同じ時間を共有するのだから
お互いにいいものを残したい

これからやりたいと考えてることもあるから
画面の向こうにいるお友達の顔、
忘れずに行こう
そう思ったいい時間でした

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夏の終わりの静けさが好き

朝晩ずいぶん涼しくなってきました
空調服でもキツかったのが、
今はTシャツやパーカですごく快適
少し肌寒く感じることもあるくらい

空の様子も変化してきましたね
台風が近付くと低く曇ったりするけど、
晴れると空が高い
刷毛でサッと掃いたような筋雲
澄んだ空

道端に蝉が死んで、
鳴く虫も種類が変わりました
今はコオロギとアオマツムシ

ひまわりは枯れて、
フウセンカズラが賑やか
カラスウリの花がいっぱい咲いてます
柿やりんごの実はまだ青いけど、
徐々に色付いていくでしょう
ゆっくりと秋に向かっていますね

 

朝早く歩いていると、
静けさを感じます
冬の静寂とはまた違う感覚
夏は静かだけど賑やか
今はそれが落ち着いてきた感じかな

目にする生き物や緑の色、
湿度や風や空の色
そんなところから感じてるのかと思いますが

静かな空気って鏡みたい
そう思います
自分の中にある弱さ
落ち込んでると見えない穏やかな強さ
そんなものも感じられます

人はその時々で、
受け取りやすいものがあります
外から入るものがしんどい時は家で1人
受け入れられるものが増えたら外へ出て
もっと元気なら人と触れ合ってもいい

わたしはもともと自然が好きです
だから郊外の早朝は元気がもらえる
人付き合いは上手いとは思わないけど、
挨拶するのは気持ちいい
朝晩の行き帰りは好きな時間です

 

いつも元気いっぱいならいいけど
人は毎日暮らしてればいろいろあります
そんな時は、
痛くないところから試せばいい
「こうしなければ」は何もありませんから

無理はしないで、
好きなように進んでいい
そう思うのです

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そのとき出来ることを

その時の精いっぱい
人にはそれしか出来ません
あれも出来たしこれも出来た
思い返して考えるのは簡単だけど

自分を諦めず、
こころの声を聴いてあげること
大切だと思います

 

シングルタスクの欠点か、
わたし落ち込むといろいろストップします
自分をコントロールしなきゃって思う
でもどうにもダメなときもあります

出来ない自分を責めたら自分が一番苦しい
ちゃんとした人は出来るかもしれないけど、
出来ないもんは仕方がない

30代でコケてから、
そう考えるようになりました
そう考えないと、
自分を保てなかったのもあります
わたし身の周りのコントロールができない、
世間的にはかなりダメな人でしょう笑

進めていたこと
連絡や約束
ひどい時は本当に抜け落ちます
毎日に穴をあけないようにがんばると、
気が付いたら何かがこぼれ落ちてる

あんまり続くと、
悲しみをシャットアウトするためかな
諦観に囚われることもあります
そんなもんだよねって、
斜に構えた態度になって
諦観は投げやりな態度につながるから、
悪循環なんですが

 

自分を諦めた気持ちになったり、
悲しくなったり
それって自分が「こうしたい」姿があるのに
周りと同じようにしたいのに
ぜんぜん出来ないのが分かるからでしょう

こういう時って、
PCにウィルスが常駐してるようなもの
要らないことで重くなって、
本来の力が発揮出来てない状態です
わたしは自分の遅さが気になって、
置いてかれたように感じたりしますが

ハンデのある状態で比べるって、
どんなプレイかって話ですし
人生のスピードはその人のものだから、
そもそも誰かと比べるものじゃないですよね

 

人はその時の精いっぱいを生きてます
選択はその時の最良を選んでる

振り返って落ち込むこともあります
人と比べたくなる時もある
どうしても前向きなんてムリ!
そんなこともあるでしょう
そんな時はそれでいいのだと思います

苦しむことは悪いことじゃありません
苦しみにまっすぐ向き合えば、
自分がなぜ苦しんでるのかが分かります
「ああ本当はこうありたいのか」
「こんなことが悲しいのか」
苦しみを苦しみのまま終わらせなければ、
そこには自分が幸せを感じる鍵があります

人生は短くて、
幸せを感じてゴールしたいものだから
こころの苦しみの声を聴いてあげること
大切だと思うのです

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落ち込んだ時、何を信じるか

ここしばらく落ち込んでました
自分を試すようなことが起きる
まるであざ笑われてるみたい
確かだと思っていた世界が、
音を立てて崩れていくようで

わたしはバカなお人好しです
分かっていて選んでいるけど、
確かなものは何もありません
進んだ先は、
闇しかないのかもしれない

はっきり言って怖いです
怖くて全てを投げ出したくなる
本当にこのまま進んでいいのか?って、
何度も考えた疑問が頭をもたげます

たぶんこんな疑問は、
この先も消えることないんですよね
ねじ伏せても否定してもそこにあるから、
目を背けても意味はありません

結局のところ、
答えはどこにもないのです
答えのない中、
自分の答えを選ばねばならないのでしょう

 

進んだ先闇に飲まれる可能性があるなら、
光に踏み出せる可能性も同じだけある
どんな時も答えがないのは同じ
答えを選ぶ時、
自分が何を信じるかの違いしかありません

わたしはバカなお人好し
結局バカでお人好しな選択が好きなのです

 

この言葉をくれたお友達が勧めてくれた本、
開いたページがこれでした

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きっとこれでいいんだ
そう思いました