こころの抜けた世界には住みたくない

相手を一方的に裁いても、
そこには何も残りません
こころを無視すれば、
何も生まれなくなる
 
視点を高く持てば、
人を叩く無意味さに気付けるもの
どんな世界に住みたいのか?
どこにたどり着きたいのか?
 
それは忘れてはならない
そう思います
 
 
 
先に結論があって、
一方的に話しをされる
例え何か話しても、
実るものがない
裁かれるお前が黙って聞くのは当たり前?
そりゃ話になるわけがない
 
相手にこころがあることを無視すると、
こういうことが起こります
こころのない人はモノと同じ
モノに後ろめたさを覚える人はいないし、
反論を封じるためにモノにするところもある
 
でも結果は悲しい
相手をモノにすれば、
自分もモノにされる
お互いで強化してゆくから、
一度入ると抜け出せなくなる
 
輪に入るか、
脱するか
最初に選ぶことはできるけど
 
 
 
こころを無視されるのはつらいものです
それをする人は、
何度でも繰り返すから
耐える人はいつまでも耐えなきゃいけない
 
どこまで許せば、
気付いてくれるのでしょう?
相手のこころを無視して、
いつまで許してもらえると?
 
 
 
失くしてから気付くのでは、
遅いと思うのです
 
縁は移り変わるものだから、
役目が終わったのかもしれないけど
そうなってしまうのは、
やっぱり悲しい
 
世界は自分が作るものです
投げかけた言葉や行動が環境を作る
こういう人の世界って、
どんなものなのか
わたしには分からないけど
 
こころの抜けた世界には住みたくないな
わたしはそう思うのです

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