受け渡す季節に思うこと

物を手元に置いて、
自分は何を感じている?

もう充分物との時間を楽しんだと思うなら
受け渡す季節なのかもしれないね
そう思います

 


わたしの物への執着

まだいっぱい執着してるなぁ
今まで集めた物を見て、
そう思うことがあります

死んだら無意味と思うようになって、
かなりおとなしくなりましたが
まだまだ顔を出すこともある

自分の「好き」という部分でもあるから、
そう悪いこととも思いませんが

わたしは今、
身軽になりたい願望があります
それでどこかで折り合いをつけたいなって、
考えることがあります

 


執着は捨てないといけない?

執着していることは、
それだけ好きなこと
集中していることとも言えます

周りが見えなくなると面倒だけど
そうでなければ、
悪くないんじゃないでしょうか?

好きなことは「その人らしさ」の一部
他に思うことがないなら、
無理して手放すこともないと思います

 


価値あるものたちをどうするか

わたしの手元には、
わたしが価値を感じるものが集まっています

人形や懐中時計だったり
ナイフやビンテージの軍服
好きなドメスティックブランドの服
組んでいない模型なんてものも

CDもたくさんあります
データにしてから手放すつもりですが
まだそのまま手付かずです

手放すのにはあまり抵抗はありません
物は楽しみをくれますが
所有が人の価値を決めるわけじゃありません

消えて行くならそれも仕方ないですが
価値を認めて、
大切にしてくれる人に渡せるといいな
今はそういう思いが強いです

 


まとめ:受け渡す季節に

今わたしは、
受け渡す季節にいるのだと感じます

「そういう自分が好き」
好きな物たちは、
今までそんな時間をわたしにくれましたが

この数年、
わたしは持っているだけでした
それもなんだか物に申し訳ない

かつてわたしがそうだったように、
他の誰かが幸せを感じるなら
受け渡すのも悪くないんじゃないかな

さてこれからどうしよう
部屋を見ながら、
そんなこと思うのです

f:id:ichapy:20190614064223j:image